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東京高等裁判所 平成7年(ネ)3612号 判決 1996年3月18日

控訴人

中西史郎

右訴訟代理人弁護士

村田由美子

被控訴人

岡三証券株式会社

右代表者代表取締役

加藤精一

右訴訟代理人弁護士

藤川明典

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

この判決第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金五八五万九九七五円及びこれに対する平成五年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

事案の概要は、次のとおり改めるほかは、原判決「事実及び理由」第二「事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決四頁初行の「セクターテン」を「セクターインデックステン」に改める。

同五頁二行目末尾に続けて次のとおり加える。

「被控訴人は、委任契約に基づき説明を尽くす義務があるにもかかわらずこれを尽くしていないから、債務不履行であり、また、不法行為にも当たる。」

同六頁三行目末尾に続けて次のとおり加える。

「控訴人は短期売買を予定していたが、予想に反して本件ワラント価格が下がっていたため、売却時期を失したというのが真相である。ワラント保有に対する責任は購入者である控訴人にある。控訴人において売却の時期、内容等が不明であれば、いつでも被控訴人に連絡をして説明を受けるなどの手配をすることは十分に可能であった。ところが、控訴人は、一年数か月もの間放置していたばかりでなく、被控訴人からの残高照合の際の「不明な点、相違点はございませんか」との問い合わせに対し、平成三年一二月二七日付の回答書に署名捺印をし、何らの不服も異議も申し立てなかったのである。」

第三  証拠

原審及び当審記録中の証拠関係目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  当裁判所は、控訴人の請求は一部理由があるが、その余は理由がないものと判断する。

その理由は次のとおり改めるほかは、原判決「事実及び理由」第三「争点に対する判断」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七頁四行目の「直後に、」を「後に、」に改める。

2  同七頁六行目の「記名押印のうえ」を「控訴人の署名を代書し、かつ控訴人の印鑑を押捺して」に改める。

3  同七頁六行目の次に改行のうえ次のとおり加える。

「更に、本件ワラント購入資金として、平成二年一月二四日に控訴人名義のケンウッド株式一〇〇〇株の売却金一一八万九五一四円と累積投資セクターインデックステンの解約金三八五万五九七二円が被控訴人管理の控訴人勘定に入金となり、同月二五日に本件ワラントの購入代金四八八万五九七五円が出金となり、澄子の申出により同年三月二〇日にそれまでの残高から四三万六五一一円が控訴人名義の銀行口座に振り込まれ(乙一の16、証人中西澄子)、この取引は毎月二回一五日と末日に被控訴人から顧客宛に発送される月次報告書に記載されて、控訴人に報告された(証人中島貞夫)が、それに対して控訴人あるいは澄子が異議を申し立てたという事実はない。」

4  同七頁七行目の「甲三の1」の次に「及び証人中西澄子の証言」を加える。

5  同七頁八行目の「六月ころ」を「六月二四日ころ」に改める。

6  同九頁三行目から一一頁三行目までを次のとおり改める。

「4 しかし、仮に控訴人あるいは代理人澄子がワラントの危険性を知らないままワラント購入の意思表示をしたとしても、これが詐欺や錯誤の問題を生じることはあり得ても、直ちに右意思表示が無効となることはないから、控訴人の主張は主張自体失当である。

5  次に控訴人は、本件ワラント購入につき控訴人がその代理人である澄子により承諾したとしても、控訴人及び代理人澄子は、ワラントの危険性について、被控訴人(担当社員榑松)は事前に十分な説明をしておらず、これは委任契約に基づく説明義務を尽くしていない債務不履行であり不法行為でもあると主張する。

6  そこで以下右の主張につき判断する。

(一) 前記争いのない事実及び認定事実並びに甲一、三の1、2、乙九、一〇の1、2、一一の1ないし3、証人中西澄子、同榑松聖及び同中島貞夫の各証言を総合すると以下の事実を認めることができる。

(1) ワラント(新株引受権)は、一定期間(行使期間)内に所定の価格(行使価格)で一定数の新株を買い受けることのできる権利であり、株価の上昇によって新株取得コストが普通株の取得コストよりも割安となったときはワラントを行使することが有利となり、少ない資金で大きな利益が期待できる反面、普通株の株価が下落し新株の取得価格が割高となった場合はワラントを行使する意味はなく、権利を行使しないまま行使期間を徒過するとワラントは失効し無価値となってしまうこと、あるいはワラントのまま売却しようとしても残存行使期間が一年未満となったところでは、普通株の株価次第では市場で換金することが困難になることから、通常の株式よりも投機性が強いものである。

更に、本件ワラントは外貨建で発行されたものであり、売買金額の算定に当たり変動為替レートの影響を受けるため、この面においても損失が出る可能性がある。

また、ワラントは、社債に付属したワラント(ワラント付社債)と社債とは分離されたワラント(分離型ワラント)があり、前者であればワラントが無価値となっても社債としての権利は残るのに対し、後者は全く無価値となることもあるから、前者に比較して投機性が強くて好ましくないという理由で、当初はワラントのみの売買は許可されていなかったが、金融の自由化や市場の開放の必要性などから昭和六〇年一〇月に大蔵省が規制を緩め、分離型ワラントが発行されるようになったものであった。

本件ワラントはこのような外貨建分離型ワラントであった。

(2) 控訴人は、妻澄子を代理人として、昭和五九年五月一五日から被控訴人八王子支店において被控訴人扱い商品である株式の現物取引などを行っていたが、ワラントの売買は他の証券会社での取引も含めて行ったことがなかった。

(3) 平成二年一月一八日、控訴人宅に電話を架けてきた榑松に勧められた澄子は本件ワラントの購入を承諾した。

その際の榑松の説明は、「ワラントの価格は株価に連動するが、株以上に大きく変動するもので、昨年暮から見ると二割以上下がっている。相場も戻ると思うので、戻れば大きく値上りが期待できると思う。買付資金はケンウッドとセクターテンを売却すれば足りる。」という程度のもので、榑松は、電話での交渉であることや澄子が新聞等でワラントの権利行使期間に関する知識はあるものと即断したことから、前記のワラントの仕組み、特に権利行使期間との関係で無価値になるかもしれないものであるというワラントの危険性についての説明はしなかった。

(4) その後、澄子は、被控訴人から送付されてきた本件ワラントの取引をする旨の確認書(乙八)及び本件ワラント取引のための外国証券取引口座設定約諾書(乙一六)に控訴人の署名を代書し、かつ控訴人の印鑑を押捺して、被控訴人に返送した。右用紙と共に、澄子は、外貨建ワラントの危険性などを説明した外貨建ワラント取引説明書の送付も受けた(澄子は、取引説明書の送付を受けていない旨供述するが、右確認書には「貴社から受領した『外国新株引受権証券の取引に関する説明書』の内容を確認し」と明瞭に印刷されているのであるから、右供述は信用し難い。もっとも、右取引説明書などを澄子が受領した時期を明らかにする的確な証拠はない。外国証券取引口座設定約諾書(乙一六)に基づいて開設される取引口座の管理料は口座開設時に名義人が支払う契約になっているところ、管理料が控訴人名義の口座から振替支払いされたのは平成二年三月一六日であり、顧客勘定元帳(乙一の16)に記載された約定日も同日であるから、澄子が約定書の返送を怠っていた可能性は残るものの、本件ワラント購入契約の成立した平成二年一月一八日の後かなり経過してから取引説明書を受領したのではないかとの疑いが濃く、少なくとも本件ワラント受渡日である平成二年一月二五日までの間にこれを澄子が受領していたと認めるに足りる証拠はない。)。

(5) 澄子は、平成三年一一月二〇日時点での被控訴人から本件ワラントの記載のある残高照合通知に対し、誤りがない旨記載のある回答書(乙四)に控訴人の署名を代書し、かつ控訴人の印鑑を押捺して同年一二月二七日ころに被控訴人担当社員小濱に提出したが、その際澄子は被控訴人担当者に、本件ワラントの価格が少し上昇すれば売却したい意向を持っている旨を伝えた。

(6) 平成四年三月一一日ころ澄子は、小濱から本件ワラントは値が下がっていて無価値になり得ることを聞いたので、平成四年五月ころ被控訴人浅草支店に転勤している榑松に面会を求め、平成四年六月二四日には榑松に電話を架けて、かなり執拗に本件ワラント購入時に榑松からワラントが無価値になる危険性についての説明がなかったことを抗議した。

(二) 右認定の事実を前提に被控訴人の責任について判断する。

分離型ワラントは、当初その高い投機性から発行が許容されておらず、ようやく昭和六〇年一〇月から可能になったこと、外貨建ワラントにあっては、為替レートの変動によっても損失を被るおそれがあって、リスクは一層大きいものであること、控訴人と被控訴人とは株式等の取引につき昭和五九年五月一五日から継続的に委任契約関係があったこと、被控訴人は外国証券を含む投機性の高い商品の取扱いを専門とする会社であることを考えると、被控訴人には一般顧客である控訴人に新たに外貨建分離型ワラントである本件ワラントの取引を勧め、それを受任するに当たっては、具体的な受任に先立ち、信義則上、前記認定のような外貨建分離型ワラントが内包する高い危険性について控訴人に十分説明をすべき契約締結上の注意義務があったというべきである。

しかし、控訴人代理人澄子と被控訴人との間で本件ワラント購入に関する合意が成立した際あるいは遅くとも本件ワラント受渡日までの間に、被控訴人は控訴人あるいは澄子に対し前記認定のような本件ワラントの持つ高い危険性についての説明をしておらず、しかもこの説明があれば澄子は本件ワラントの購入の決意をしなかったものと推認するに難くないから、これによる損害について被控訴人は債務不履行責任を負うべきものである。

もっとも、澄子は昭和五九年五月一五日から控訴人の代理人として被控訴人において株式等の取引を継続的に行い、他の証券会社でも同様に株式等の取引を行ってきていて株式取引の持つ危険な側面についての理解もあったと判断されること、証券会社の取扱商品は元本の保証されないものが多いということは一般常識であること(もし仮に澄子がその知識すらなしに証券会社において取引をしていたとすれば、そのこと自体控訴人及び澄子の落ち度である。)、また本件ワラント取引の勧誘時に榑松からワラントの価格は株価に連動するもので現にその前年暮から見ると二割以上下がっているという説明を受けていること、相場も戻ると思うので戻れば大きく値上がりが期待できると思うという同人の説明を安易に信用して本件ワラントの購入の決断をしたものであること、本件ワラントの価格の変動を注視して比較的有利な時期に処分をして損害を最小限にする義務は被控訴人ではなく控訴人にあるにもかかわらず、控訴人代理人澄子はその機会を失して権利行使期間が経過してしまったことを考慮すると、本件ワラント購入から生じた損害の全てを被控訴人に負わせるのは相当でなく、これらの事情は控訴人側の過失として損害額を算定するにあたって斟酌すべきである。

そして、本件ワラントが権利行使期間を経過したため無価値となった結果、控訴人は購入代金四八八万五九七五円相当の損害を被ったことになるが、右諸事情からすれば控訴人側の過失の割合は約六割(過失相殺後の損害額は二〇〇万円)と評価すべきである。

控訴人が、本件訴訟の提起、追行を控訴人訴訟代理人に依頼したことは当裁判所に顕著な事実であるが、訴訟代理人に支払うべき報酬は債務不履行と因果関係ある損害と認めることはできない。

したがって、被控訴人は控訴人に対し、債務不履行に基づく損害の賠償として二〇〇万円及びこれに対する催告としての本件訴状送達の翌日である平成五年四月二一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。」

二  よって、控訴人の請求は一部理由があり、その余は理由がなく、原判決はこれと結論を同一にする範囲では正当であるが、その余は失当であるからこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅弘人 裁判官 北野俊光 裁判官 松田清)

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